大手音楽教室のキャッチフレーズをみていて思うこと

お客さんをたくさん集めたいがために 


「楽譜が読めなくても大丈夫です!!」

とか、

「とりあえず音をだして、楽しんでみよう!」

といったようなキャッチフレーズを謳っている、大手の音楽教室なんかをよく見かけます。



もちろん企業として多くの売り上げをあげていこうと思ったら、そういったプロモーション戦略を展開していったほうが大衆を獲得していくことができるという意味では正解なのでしょう。



ただ私自身も、全国展開をしているような比較的大きな音楽スクールで働いていた経験もあるのですが、正直個人的にはこういったキャッチフレーズは微妙だと思ってます。



楽器習得って、そんな甘いもんじゃないです。全くの初心者だと、特にギターなんかは構造上まず弦をおさえて音をだすという、たったひとつの動作だけでも一苦労だったりします…。



楽器習得には日々の努力が必要なのに、過度に「誰でも簡単に弾けるようになりますよ」といったような印象を与えるのは、無責任なような気がするのです。



そういった大衆向けの音楽教室で教えていて感じたことは、(全ての音楽教室がそうではないと思いますが)、来られる生徒さんたちのなかには気軽な気持ちで音楽を習いに来ている人も多いので、楽器が意外に習得するのが難しい現実に直面して辞めてしまったり、



そもそもアカデミックな視点から音楽を学ぶことに興味がない人も多いので、少し応用的な内容になるともうお手上げになってしまったり、いつまでも初心者の入り口くらいのレベルでうろうろしていたような気がします。



音楽講師をカラオケマシンかなにかとかん違いしてるんじゃないかな?と思うような生徒さんもいらっしゃいます(毎回自分の好きな曲をレッスンに持ってくれば、何でも弾いてくれるし、教えてくれると思っておられる)。



最初は楽器の音が鳴るのを実感できたり、鳴っている楽器の音色そのものに感動をおぼえることがあるでしょう。



でも、そこだけで終わってしまったら、数回のレッスンですぐに飽きがきてしまいます。ただ感覚的にランダムに音を鳴らしているだけだったら、そこには音楽的な秩序というものが存在しないのです。



やはり楽器から音を鳴らすことができたら、そこから実際にそれらの音を使って、音楽を形作っていかなければ、曲や作品は生まれません。



また読譜は、識字と同じくらい大切なので、できるようになることにこしたことはないでしょう。



ギターやウクレレの場合は、最低でもタブ譜やリズム譜は読めるようになっていったほうがいいです。でないと、楽曲を演奏するために必要な情報を吸収していくことができません。タブ譜は五線譜を読むより簡単です。



そうやってそれら一つ一つの音の使い方を学んでいくのが、音楽レッスンともいえるのかもしれません。



私が何かの本で見かけた内容で、出典を忘れてしまったのですが、「みんなのための自分」になる必要はなくて、「誰かのための自分」であればいいのだとフレーズがあり、そこでハッとさせられました。



そうした経緯から、私は自分のスクールでは、音楽をただ表面や格好だけをなぞるのではなく、初歩の段階から音楽理論も含めて、基礎からしっかりと学んでいけるようなレッスンを提供していこうと決意したのです。



そのほうが、音楽と長期的に向き合ったり、音楽を長期的な趣味にしていきたい人にとっては、ためになるレッスンを提供することができるという思いからでした。



特に大人になってから音楽を始める後発組の方たちは、音楽理論と並行して演奏を学んでいったほうが、確実に上達していくことができます。



なので、音楽レッスンを受けにいくことをカラオケボックスに歌いにいくのと同じようなレベルで考えているかたにとっては、私のレッスンの内容は向いていないともいえるでしょう。



音楽は深みに触れれば触れるほど、楽しみが増してくる要素もあり、音楽や楽器というのは、うまく付き合っていけば一生のパートナーにもなりうるものなのです。



かの有名なビートルズの元メンバーのポール・マッカートニーは、49歳のときに


「自分はまだ人生全体の半分の地点にしかいき着いていない。これっぽっちも終わりだとは感じていない。これからももっと良い曲を書いていくつもりさ」


という名言を残しています。



人生で何かを追求していくというのは、生きているかぎりは、終わりなき旅なのかもしれませんね。

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